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【会社改革の500日 R3 vol.6】コロナ1年、家庭内議論と資本主義

テレビ会議への備えで、家庭内での議論が激しくなった

テレワークも1年が過ぎ、テレビ会議には慣れたが議論がどうにもやりにくい。言葉がカブると通信がブツ切れるので相手の終わりを待って話す。「こちらのプランは以上です。何かありますか?どうぞ」「え~2番目をもう一度お願いします。どうぞ」 丁々発止にならない。会議前の意見整理を心掛けている。

僕はポストイットや方眼ノートを使って考え整理をするが、画期的?な発見がでると人に聞いてもらいたい。書斎から東さんの机があるリビングへ飛んで行く。作業中で「30分待って」とお預けをくらう事も多く、話が長いとウンウンと適当な相槌で逃げられる。一度、狭い家の中を追いかけ廻し、トイレに逃げ込まれ、扉前で延々話し続けた。「そういう事だけは止めよう」という事になった。

夜は仕事の話はしない約束だが、大きな課題に直面しているとついそういう話になる。ある日、キッチンで二人、夕食準備のさなか議論に。料理の手も止まるが、ソファの子供達は「またか」と飽きれ顔でスマホを続ける。が、声が大きくなり、両親が「ちょっと話してくる」と奥の部屋へ引っ込むと、さすがに事態を察知。1時間後、激論を終えキッチンに戻ると、作りかけだった料理は完成され、二人分だけが整然と並んでいた。子供達はとうに食べ終え、片付け済み。普段は手伝いを渋るくせに、こういう時は機敏だ。で、スマホ画面から目を離さず「終わったぁ?」と聞く。経営者の子供は、こうして成長していくものか。

資本主義の追及か、見直して「脱成長」か?

会社経営を20年も続け、世界の幸福を考えるようになった。日頃は競争を勝ち抜き自社をどう成長させるか頭を絞っているが、我々の努力が世界の幸福度を上げていれば良いなとマジで願っている。だから最近、米国で若者が「脱成長」志向を強めていると知り、愕然とした。根底に「行過ぎた資本主義への拒絶」があるという。

資本主義の最大欠陥は「格差拡大」。競争は激化する一方で、働いても働いても楽にならない。むしろ個人も企業も成果を細かく測られ、それ以上を求められる。若者たちは、学生ローンは重く失業率は高い「我々は99%」というデモを起こした。大統領選でも社会主義的なサンダース候補が票を集めた。

欠陥のもう一つが、大量生産・大量消費による「自然への負荷」。新商品は毎年発売され、大量広告が購入意欲をかき立てる。どの商品もすぐに陳腐化し大量のゴミが堆積。生活は豊かだが、多くの資源と労働者の努力がゴミに。多くの資源とともに労働者の努力もゴミになり果てたという事だ。気候変動はあと30年で戻れない地点を過ぎる。

問題は、資本主義を維持したままこれらの問題を解決できるか?ということ。ジェネレーション・レフトと呼ばれる若い世代は、北欧の高福祉国家や国連推奨のSDGsといった修正では解決できないと、資本主義そのものへNoを出している。提唱するのは、社会主義でもなく「脱成長のコミュニティ」という新しい社会体制。日本ではあまり紹介されていない。

一方、従来の資本主義を追求するのはスーパーIT起業家と先進国首脳。次のビジネスフロンティアとばかり、アマゾンを卒業したベソスとテスラのイーロン・マスクは宇宙ビジネスを、先進国はグリーンビジネスという名の新エネルギー開発に力を入れる。

脱成長コミュニティと新・資本主義。どっちが主流になるか?資本主義は人間の欲を原動力に250年もの間経済を成長させてきたし、脱成長で活力が維持されるか?とも思う。図太く泳ぎ切りたい。

週末、近場のアウトドアで気分転換

気候が良くなり、週末はアウトドアにハマっている。車で1時間、奥多摩の渓谷や川越の小江戸、成田山新勝寺など歴史ある街へ。コロナ対策はしっかりで、山道サイクリングや参道街ブラでリフレッシュしてきた。