【会社改革の500日 vol.3】時代とともに会社を変える勇気
永遠に通用する“戦略”はない
「オトナ女子のオタク化」が進行している。「オタク」といえば、20年前には、独自の世界に引きこもってマイナーな趣味を楽しむ人、というネガティブなイメージがあった。特にアニメや恋愛系のゲームを趣味にするのは恥ずかしいことと思われていて、自分がオタクであるとは言いづらい時代だった。
けれど、今は違う。最近のオタクは、SNSを通して共通の趣味を持つ人を見つけて、繋がる。特に20代はその傾向が強く、共通の趣味を持つオタク同士なら初対面でもすぐに打ち解けて遊びに行くそうだ。そして、オタクであることを誇りに思い、「私は〇〇オタクです」と自信を持って宣言するという。オタクは趣味の一つにすぎなくなった。時代が、移り変わっている。
2006年、ボルテージは恋愛ゲームの配信を始めた。オタク路線、いわゆるコア層向けではなく、あくまで、ファッション誌やTVドラマが好きな一般女性が楽しめるカジュアルなゲームとして作った。髪が赤や緑色のキャラクターが登場するのがオタク路線だが、我々のゲームのキャラクターは黒髪中心で、茶髪や金髪までとした。
過去、何度か「なぜ、ボルテージはコア層向けのタイトルを作らないのか?」と問われた事がある。けれど僕は、カジュアル路線にこだわった。絶対にやらない。理由は明確だ。多くの女性に親しまれるものを作りたかったから。当時のオタク市場はとても小さかった。結果、ボルテージは急成長し、東証一部上場を果たした。それはそれで、一つの戦略だったと思う。けれど、同じ戦略がいつまでも効くわけではない。生き残りたいのなら、時代に合わせて自分が変わらなければならない。
自分で敷いたレールを自分で壊す
カジュアル路線というレールを走ってきたが、僕が米国にいた3年間で「オトナ女子」の状況がずいぶん変わっていた。深夜アニメや2.5次元舞台を見る女子が増加し、オタク市場が大きくなっていた。この変化は、17年前から始まっていたようだが、ここ4年は著しい。社内の「オトナ女子」数人に聞くと、次のような経緯があったという。
2000年代、『ONE PIECE』や『NARUTO』など、少年漫画を楽しむ女子が増加した。2002年以降になると家庭用ゲーム機やPCゲームで、『ときめきメモリアルGirl’s Side』や『薄桜鬼』などの乙女ゲームが登場。2010年代に入ると、『黒子のバスケ』『Free!』『うたの☆プリンスさまっ♪』など、深夜枠で放映されるアニメがオトナ女子に受け、次々にヒットした。
記憶に新しいのは、2015年の『おそ松さん』の爆発的なヒットだ。想像を超える人気ぶりに、業界が驚いた。また、女子向けのアプリゲームがヒットした。そして同年、ついに「深夜アニメ」が、キッズ・ファミリー向けの「全日アニメ」の制作数を上まわった。
さらに、「2.5次元舞台ミュージカル」の急速な発展からも目が離せない。2003年に上演されたミュージカル『テニスの王子様』に始まり、市場規模は年々拡大。たった10年で、5億円の市場が100億円まで拡大した(2015年/出典:ぴあ総研調べ)。
なぜこれほどアニメや2.5次元舞台が急速に成長したのか。理由はいくつかある。一つは冒頭に記載した通り、SNSの普及だ。同じコンテンツを楽しんでいる仲間と出会い、語り合う場が増えた。もう一つは、20代から30代女性の社会進出だ。晩婚化も進み、自分の趣味に時間もお金もつぎ込める。
実際劇場に足を運んでみると、オシャレした女性が大勢集まっていた。アイドルグループのコンサートかと思うほどだった。自分の好きなキャラクターについて友達と楽しそうに語り合っている。その光景を目の当たりにし、僕は、「風向きが変わった」と感じた。漫画から始まり、家庭用ゲーム、アニメ、2.5次元舞台へと、コンテンツが移り変わっている。
新ブランド「ボルテージドリーム」誕生の舞台裏
ちょうどその頃、社員から「コア層向けの新タイトルをつくりたい」「人気アプリをアニメ化したい」という声が僕のもとに届くようになった。さらに、第2回で紹介したセッションでも同様の意見が多く挙がった。
“機が熟した”とは、このことかもしれない――。そう考えた僕は、18年間貫いてきたカジュアル路線に加え、新たにコア層向けの商品を開発することに決めた。新ブランドの名前は「ボルテージドリーム」だ。社内には、コア層向けコンテンツ好きの女子社員が大勢いる。彼女たちの手にかかれば、目にもあざやかな設定、キャラクターが次々に生まれるだろう。アニメや舞台、VRとの融合など、さらなる可能性を追い求めることもできる
ボルテージに生まれた新たな熱が、これからどのように育っていくのか。ある程度の予測はしているものの、僕にも未来はわからない。ただひとつ言えるのは、「オタク」という言葉が時代とともに変わったように、企業も時代に合わせて変わっていく必要があるということ。例え今までと真逆の路線であっても、「今だ!」と思うタイミングが来たら飛び込んでいく。それが僕とボルテージが出した“答え”だ。
取材・文 華井由利奈