創業ストーリー

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1963年
福井県で、織物工場を営む両親の長男として生まれる。工作やお絵かきが好きな子供だった。
1981年東京大学に入学し、工学部建築系の学部で学ぶ。就活時、モノづくりの職に就きたい、しかも社会とダイナミックなやり取りができる仕事がしたいと思い、1985年博報堂に入社。そこで思い至ったキーワードが「アート&ビジネス」だった。以来11年間、主に企画・制作、空間プロデュースの仕事に従事する。

1985年
広告の仕事は面白かったが、広告主から与えられるものではなく自分で設定したテーマでモノづくりをやりたいと一念発起し、UCLA映画学部大学院・監督コースに出願。3年越しで合格を果たす。休職し1993年から4年間私費留学。
米国UCLAでは、英語とアートの壁に苦しみながらも映画作りに没頭。結果、小さな賞を受賞。映画製作と並行し、自身のプロジェクトとして映画書籍の翻訳や低予算でのCM製作、ゲーム企画などを行う。1997年帰国、博報堂に復職。社内ベンチャーでインターネット事業を立ち上げる。

1999年
博報堂を退職後、株式会社ボルテージを設立、社長に就任。携帯コンテンツ事業を開始。2000年に世界初の携帯マルチ対戦ゲーム「バトル東京23」で、第1回MCF特別賞を受賞するも、創業以来4期連続の赤字に苦しむ。この間、事業経営の合間を縫って卒業作品の編集を完成させ、2002年にUCLAを卒業。その後、ネットの特性と「映画・広告」での学びを活かし、携帯小説サイト『100シーンの恋』、対戦ゲーム『百人斬り』などヒットを飛ばし黒字基調を確立。音楽サイト『歌詞で胸キュン』などのヒットで成長軌道に乗せる。

2006年
恋愛ゲーム第一弾をリリース。以降、事業を恋愛ゲームに絞って展開し、モバイル恋愛ゲーム会社として日本一(世界一)に成長させる。2010年に東証マザーズ、2011年に東証一部に上場。年30%成長を10年続け、監査法人トーマツが主催する企業成長率ランキング「日本テクノロジーFast50」を2006~2013年で8年連続受賞(史上最多受賞記録を保持)。

2012年
サンフランシスコにSFスタジオを設立し米国進出。家族を連れてサンフランシスコへ移住。アメリカ・シンガポールなどで、App Storeエンタメカテゴリの上位をキープ。2013年に取締役会長などを経て、映画監督としての活動も再開。

2016年
帰国、代表取締役社長に復帰。

津谷祐司 公式サイト

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